最近、ニュースなどにおいて「カーボンニュートラル」という言葉を目にすることが多くなっています。
しかしながら「具体的にどのようなものなのか」きちんと説明できる方は、意外と少ないのではないでしょうか?
本記事では「カーボンニュートラルとは何か」を冒頭で手短に分かりやすく解説し、さらに詳しく知りたい方に向けて
などについても、深く掘り下げて解説していきます。
「カーボンニュートラル」についておおよその内容を知りたい方も、詳しく知りたい方にもお役立ていただける内容になっていますので、ぜひこの機会にご参照ください。
目次
カーボンニュートラル とは、地球温暖化の原因になっている「CO2などの温室効果ガスの排出量」を「全体としてゼロ」にすることを言います。
「全体としてゼロ」とは「排出量をゼロにする」こととは少し意味合いが異なります。
国や企業が「排出量をゼロにする」のは、非常に難しく、現実的ではありません。
そこで「排出量を削減しきれなかった分」を「植物に吸収」させたり「温室効果ガスを空気中から回収」するなどして、プラスマイナスゼロにすることで「実質ゼロにするのと同じ」にします。
これが「全体としてゼロ」にするという意味であり『「カーボン(炭素)」を「ニュートラル(中立)」にする』という意味で「カーボンニュートラル」と言います。
環境省:脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」を元に作成
より理解しやすくするために、日本政府の「カーボンニュートラル の目標」を例にして、実際の数字で見て行きましょう。
日本の2015年の「温室効果ガス排出量」は、年間「約13億トン」でした。
図の参照:公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
そこから、日本政府は2050年までに「温室効果ガスの排出量をゼロにする」ことを目標に掲げています。
しかしながら、温室効果ガス排出量 を完全にゼロにすることは実際には困難です。
かなり厳しい目標を設定して進めても、2050年時点の排出量は「約2億トン」残る見通しです。
公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
そこで、削減できなかった分は「木を植えてCO2の吸収量を増やす」「大気中の 温室効果ガス を回収する」などの手法でで「約2億トン」温室効果ガスを吸収します。
すると、
にできます。
公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
このように「カーボンニュートラル」の考え方では、削減しきれなかった分を「吸収する」ことで「全体として排出量をゼロ」にすることが可能になります。
「カーボンニュートラル」の関連ワードとして「2050年カーボンニュートラル」という言葉もよく耳にするかと思います。
「2050年カーボンニュートラル」とは「2050年までに カーボンニュートラル を目指す目標」のことを言います。
この「2050年カーボンニュートラル」は、2023年5月時点で、先進国を中心に147カ国を超える国・地域が表明しています。
また中国、ロシア、インドネシア、サウジアラビアなどが2060年まで、インドなどが2070年までのカーボンニュートラルを宣言しています。
出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー~エネルギーを知る10の質問(2024年2月発行)」
このように、カーボンニュートラル の取組みが国際社会で重要視されているのは何故なのでしょうか?
その背景を、以下のように順番に解説していきます。
2024年現在の最新の研究では、このまま地球温暖化(※)が進むと「2100年」までに、以下のような「人間の生命や生活を大きく脅かす問題」が起こる可能性が高いとされています。
「2100年」と聞くと、遠い未来に感じるのではないでしょうか?
しかし、2100年は現在の子供たちが生きている時代であり、実はそう遠くない未来です。
では2100年までにどのような問題が起こるのか?
時系列と現在の子供たちの年齢に沿って、まとめてみます。
(2100年に5.7℃気温上昇する、最悪のシナリオをベースにまとめています)
出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」の図表を元に作成
図を見て頂くとお分かりの通り、平均気温上昇が1.5℃を上回ると、さまざまな問題が起こります。
これらを見て頂くとお分かりのように、食料や水、生態系などいずれも私たちの生活を大きく脅かす可能性が高いものばかりです。
特に食糧危機や種の絶滅などの問題は、現在の子供たちが30代から40代くらいの年齢までに起こる見通しであり、軽視できない状況にあることが分かります。
このような未来に対応すべく、国際社会でも対策が検討されてきました。
その中で、2015年に行われた COP21(※) では「パリ協定」が採択されます。
パリ協定 の中では、以下のような世界共通の目標が合意されました。
「2℃目標」を達成するには「今世紀後半までに カーボンニュートラル を実現する必要がある」ことも共有されました。
カーボンニュートラル への取り組みは、この パリ協定 から大きく注目されることになったのです。
しかしながら、パリ協定 から4年後の2019年に IPCC(※)から提出された「IPCC1.5度特別報告書」において、
という報告が公表されました。
パリ協定 においては「気温上昇を2℃以内に抑える」ことが目標とされ、1.5℃以内に抑えることは「努力目標」でした。
しかしながら、この 2019年の IPCC の報告によって「気温上昇を1.5℃以内に抑える」気運が高まる事になったのです。
平均気温上昇を1.5℃以下に抑えるためには、2050年までに カーボンニュートラル を達成する必要があります。
そのため、前述の通り、先進国を中心に「2050年カーボンニュートラル」が目標として掲げられるようになりました。
日本でも、2020年に当時の菅政権が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行っています。
続いて、カーボンニュートラル において、削減すべき「温室効果ガス」にはどのようなものがあるのかを確認していきましょう。
下の表は「国連気候変動枠組条約」と「京都議定書」で定められた 温室効果ガス の一覧です。
出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
このように、温室効果ガスにもさまざまな種類があることが分かります。
温室効果ガスは、英訳の「Greenhouse Gas」を略して「GHG」と呼ばれることもあります。
続いて、各温室効果ガスの世界の排出量比率を見て行きましょう。
出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」
このように、温室効果ガスの中では「CO2が75%」と圧倒的に比率が高く、次に「メタンが18%」と続きます。
続いて、日本の排出量比率はどうでしょうか?
出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」
日本においては、温室効果ガスの「90%以上」がCO2と、世界全体と比較しても、CO2の比率が非常に高い特徴があります。
そのため、日本ではしばしば「温室効果ガス削減」のことを「CO2削減」と記述していることもあります。
このように、温室効果ガスにもさまざまな種類があり、中でもCO2の比率が非常に高いのですが、パリ協定 の目標設定においては
も国によって異なります。
詳しくは次の項で解説して行きます。
「2050年カーボンニュートラル」を国際社会全体で目指して行く上で、各国はどのような目標を掲げているのでしょうか?
主要各国の目標を見て行きましょう。
まず、先進国が パリ協定 でかかげている目標を見て行きましょう。
環境省「国内外の最近の動向について(2024年2月14日)」を元に作成
先進国が削減目標に掲げている対象は「全ての温室効果ガス(GHG)」になっています。
先進国の多くが、カーボンニュートラル達成目標を「2050年」にしていますが、ドイツは「2045年」とひと足先に達成する目標を目指しています。
続いて、新興国(※)の目標を見て行きましょう。
環境省「国内外の最近の動向について(2024年2月14日)」を元に作成
先進国の削減対象は「全ての温室効果ガス」でしたが、新興国の削減対象はいずれも「CO2のみ」となっています。
また、カーボンニュートラル の達成目標においても、先進国は「2050年まで」であったのに対し「中国は2060年」「インドは2070年」となっています。
このように、先進国と発展途上国とでは、カーボンニュートラル への目標に大きな差がある事が分かります。
このように、先進国と発展途上国(新興国含む)の目標が異なるのには理由があります。
また、この目標の違いをめぐって、両者の対立も生まれています。
先進国は 産業革命 以降、長期にわたって化石燃料を燃やし、温室効果ガスを排出しながら発展してきました。
その反対に発展途上国は、先進国と比べると化石燃料を使用し始めた時期もまだ短いため、過去からの累積で考えると先進国の方が圧倒的に排出量が多かったのです。
先進国も発展途上国も、温室効果ガスを排出しているのは同じあり、削減の義務を負っているのは同じなのですが、このように「過去からの排出量の積み重ね」で考えると、国によって「責任の重さ」が異なります。
これを「共通だが差異ある責任」(CBDR:Common but differentiated responsibility)と言います。
「共通だが差異ある責任」は、国連条約にも示されており、国によって 温室効果ガス 排出の責任の重さが異なる事は、現在先進国も発展途上国も受け入れています。
この責任の違いから、
ことになっています。
こうした背景から、前項でご紹介したように、先進国のほうが厳しい目標設定になっているのです。
しかしながら、発展途上国の温室効果ガス排出量も年々上がって来ています。
以下は、温室効果ガスの「累積」排出量の推移です。
出典:独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所「第15回 地球温暖化をめぐり途上国は先進国と対立しているのですか?」
上のグラフを見て頂くとお分かりの通り、世界の温室効果ガス累積排出量の比率は
と、両者の排出量は同等レベルでした。
しかしながら、
と、途上国の排出量が大きく増加し先進国の約2倍になっています。
また、グラフの遷移をみていくと、先進国グループの排出量(ピンク色の折れ線グラフ)は年々抑えられているのに対し、発展途上国の排出量(オレンジの折れ線グラフ)は大きく伸びているのが分かります。
そして結果として、世界全体の排出量(黄色の折れ線グラフ)を増やす結果になっています。
より分かりやすく、先進国と発展途上国の排出量比率を円グラフで見て行きましょう。
(先にご紹介したのは「累積」排出量ですが、こちらは2019年時点の各国の排出量です)
世界銀行のデータを元に作成(2019年のデータ)
このように、新興国を含む発展途上国の排出量は「66.1%」と先進国を上回っており、世界全体で カーボンニュートラル を目指す上で無視できない量になってきています。
このような、
という状況から、先進国と発展途上国それぞれの主張の対立が生まれています。
発展途上国の排出量が増加している現状では、先進国だけがカーボンニュートラルを実現しても、気候変動への悪影響を抑えることはできません。
先進国からは
という声が出ています。
対して発展途上国は
と強く主張しています。
ただし発展途上国の中でも国によって意見はさまざまで、温暖化による海面上昇で国土が侵されている「小さな島からなる国」にとっては、地球温暖化は深刻な問題です。
そうした国は、経済発展よりも地球温暖化対策に力を入れることを求めています。
新興国のBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)は、現状では自国の国土が海面上昇によって侵される心配も少ないため、経済発展を優先する傾向があります。
このような背景から、発展途上国は先進国に対して、現在よりもより多い経済支援を求めています。
2024年に行われた最新の COP(COP29)では、先進国による発展途上国への経済支援が主な争点となりました。
COP29での合意では、気候変動対策資金として2035年までに受け取る経済支援が
になることが合意されました。
しかしながら、発展途上国から「この金額では不十分だ」とする不満も漏れています。
このように、先進国と発展途上国の意見や立場の違いはまだ根深く、カーボンニュートラルに向けた取り組みにおいて大きな課題になっています。
地球温暖化をめぐる国際対立は「先進国と発展途上国の対立」だけではありません。
近年、カーボンニュートラル 達成に大きく影を落としているのが、トランプ大統領による「アメリカの パリ協定 脱退」です。
トランプ大統領は、大統領就任当日の2025年1月20日に、正式に大統領令に署名し、パリ協定 脱退を宣言しました。
パリ協定 脱退により「アメリカは カーボンニュートラル を目指さない」ことになります。
パリ協定脱退以外にも、トランプ大統領は環境への取り組みを減速させ、エネルギー政策について下記のように進めると見られています。
アメリカ合衆国は環境対策への取り組みを大きく後退させる見通しなのです。
前述のように、COP29 において、先進国による発展途上国への経済支援が決定しましたが、アメリカの脱退によってその支援が無くなることになります。
日本やヨーロッパがその分をどこまで負担できるのかという面もありますが、アメリカのパリ協定脱退は「発展途上国の地球温暖化対策も停滞させる」ことにもなるのです。
トランプ政権が環境対策を行わない理由のひとつが「中国との対立」です。
トランプ大統領は「中国は新興国であることから環境への対策を遅らせて、化石燃料を使用して経済発展させようとしている」と主張しています。
アメリカが化石燃料の使用を制限すると経済における中国との覇権争いに不利になることも、トランプ大統領が環境対策から離脱する理由のひとつです。
下の図は、世界各国の温室効果ガス排出量の割合を示したものです。
世界銀行のデータを元に作成(2019年のデータ)
図のように、アメリカの温室効果ガス排出量は「世界2位」で「世界全体の13%」を占めているため、アメリカの環境対策脱退の影響は非常に大きいのです。
2050年カーボンニュートラルが困難になってしまうのはアメリカだけが原因ではありません。
図のように、排出量1位の中国は2060年、3位のインドは2070年と、排出量上位3位までの国が「2050年カーボンニュートラル」の目標に至っていません。
この3カ国の排出量を合算すると、実に世界全体の「47.7%」となり、ほぼ半分を占めています。
「2050年カーボンニュートラル」の実現は現在、非常に難しい局面を迎えているのです。
このような「アメリカの環境対策撤退」や「先進国と発展途上国の対立」などの「国際対立」は「地球環境の未来」にどう影響してくるのでしょうか?
IPCC の報告書における「SSPシナリオ」から、どのような影響があるのか見て行きましょう。
SSPシナリオ とは、2021年に IPCC の第6次報告書で発表された、2100年までの地球温暖化の見通しを示したシナリオです。
以下の図のように、5つのシナリオが紹介されています。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
この中で「最悪なシナリオ」として「2100年には平均気温上昇5.7℃以上」になる未来については、現在回避されつつあるという見方もされています。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
「SSP5-8.5」は「温暖化対策を行わなかった際に起こるであろう予測」になっていましたが、COP や パリ協定 などを起点として、地球温暖化対策が進められているため、起こる可能性は低くなってきています。
そして、現状で「最悪の未来」とされるようになってきているのが「SSP3-7.0」です。
このシナリオは「国際対立が収まらなかった場合の未来」でもあります。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
このシナリオでは、2100年時点での気温上昇が「4℃」になる見通しです。
前項でご紹介したように、アメリカのパリ協定脱退も正式に決まり、
国際対立の解消が難しい現状、このままでいけば
でもあります。
では「SSP3-7.0」ではどのような未来になる見通しなのでしょうか?
確認してみましょう。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
「SSP3-7.0」のシナリオでは、「SSP5-8.5」で起こる見通しだった
といった現象は、今世紀中は起こらなくなる見通しになっています。
しかしながら、
といった現象は、従来通り起こる見通しになっています。
また、
といった現象は「SSP5-8.5」ほどではないものの、現在よりかなり悪化する見通しになっています。
では現状問題になっている「国際対立」が収まったらどうなるのでしょうか?
5つの SSPシナリオ の中で「SSP3-7.0」より一段階良くなったシナリオがSSP2-4.5(中間的なシナリオ)です。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
前項で紹介した「SSP3-7.0」と「SSP1-2.6(気温上昇を2℃未満に抑えるシナリオ)」の「中間」として設定されたシナリオです。
ただ、このシナリオにおける排出量は、パリ協定 で各国が設定した「2030年までの削減目標」を集計した排出量上限とほぼ一致しますので、各国が パリ協定 通りに排出量を抑えた場合の最大値のシナリオとして見ることができます。
それでは「国際対立」が収まり、より良い未来となったSSP2-4.5では、どのような未来になるのでしょうか?
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
SSP2-4.5では、平均気温上昇は「2.8℃」になる見通しです。
図のように、国際対立が起こっている「SSP3-7.0」のシナリオと比べても、
といった形で、大きく改善していることが分かります。
このように、国際対立を抑えることができれば、地球環境には大きな改善が期待されます。
地球温暖化の改善に向けて「国際対立の解消」は、現状最も大きな課題であると言えます。
このように、国際対立を解消できれば、地球温暖化への影響が良化することが分かりました。
しかしながら、それだけでは「食料危機の問題」や「気候変動の問題」を解消することはできません。
国際社会が「パリ協定」で目標に据えた「2℃目標」と「1.5℃目標」を目指すのはなぜなのでしょうか?
そしてそれらを達成するために必要な「カーボンニュートラル」を実現すると、気候変動はどれほど抑えられるのでしょうか?
「カーボンニュートラル を実現した未来」について解説して行きます。
SSPシナリオ の中には、カーボンニュートラル を達成した場合のシナリオも公開されています。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
「SSP5-8.5」「SSP3-7.0」「SSP2-4.5」は、前項で「国際対立の有無」によって変わる未来と関連して解説しました。
それらより良くなる「2つのシナリオ」「SSP1-2.6」と「SSP1-1.9」は、それぞれ パリ協定 で定めた「2℃目標」と「1.5℃目標」を達成した場合のシナリオになっています。
「2℃目標」と「1.5℃目標」はそれぞれ時期は違えど、カーボンニュートラル を達成した場合のシナリオですので「カーボンニュートラルを実現した場合のシナリオ」とも言い換えることができます。
前項で解説した、国際対立が収まった場合のシナリオ「SSP2-4.5」からもう一段階良くなったシナリオが「SSP1-2.6」です。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
「SSP1-2.6」は、パリ協定 で大きな目標となった「2℃目標」を達成した場合のシナリオです。
2100年までの平均気温上昇を2℃までに抑えるために必要な「今世紀後半までのカーボンニュートラル」を実現させたシナリオでもあります。
それでは、SSP1-2.6のシナリオではどのような未来になるのでしょうか?
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
前項で解説した「SSP2-4.5(国際対立が収まった場合のシナリオ)」と比較してもかなり良化しており、起こる問題もだいぶ少なくなってきていることが分かります。
「種の絶滅」の問題は今世紀中には起こらない見通しになり、「飢餓の危機」も初期段階までに収まる見通しになっています。
今世紀中にカーボンニュートラルを実現することができれば、このようにさまざまな問題をかなり抑えることができることが分かります。
こうして図をみると「地球温暖化対策は2℃目標で充分ではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
パリ協定 で「2℃目標」を定めた国際社会も同じような認識でした。
しかしながら、2018年に発表された「IPCC1.5度特別報告書」によって「1.5℃目標」との「0.5℃の差」の重要性が明らかになり、現在国際社会では「気温上昇を1.5℃以内に抑える」動きになっています。
「IPCC1.5度特別報告書」では、平均気温上昇を「2℃」から「1.5℃」に抑えた場合にどのようなことが起こるのか、下記のように解説しています。
出典:公益財団法人 地球環境戦略研究機関「IPCC1.5度特別報告書 ハンドブック 背景と今後の展望」
このように「0.5℃の差の重要性」が明らかになったため「平均気温上昇を1.5℃に抑えよう」という動きが広まることになったのです。
そして「2050年までにカーボンニュートラルを達成」し「気温上昇を1.5℃未満に抑える」シナリオがSSP1-1.9です。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
未来予測というよりは、産業革命 前と比較して「1.5℃上昇」している状態は2024年と同じ環境になりますので、現状を維持するとイメージすれば分かりやすいかと思います。
図の出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」を元に作成
このように「平均気温上昇を1.5℃以内に抑える」ことができれば、今後起こると懸念されていた、多くの「地球環境の悪化」を抑えることが可能になるのです。
それでは、日本は「2050年カーボンニュートラル」実現に向けどのようにして取り組んでいるのでしょうか?
日本では、カーボンニュートラルへの取り組みとして「GX実現に向けた基本方針」を定め、取り組んでいます。
「GX」とは「グリーントランスフォーメーション」の略です。
そして、グリーントランスフォーメーションとは「化石燃料の使用を減らして、クリーンなエネルギーを使用するための活動」を意味します。
「GX実現に向けた基本方針」とは、この「GX」を実現するための、日本の具体的な取り組み内容を定めたものです。(2023年10月に閣議決定されています)
日本のカーボンニュートラルへの取り組みも、この「GX実現に向けた基本方針」の中で定められています。
冒頭でも少し触れましたが、日本は下記のように、現状の排出量の大半を2050年までに削減し、削減しきれなかった2.0億tは吸収でプラスマイナスゼロにすることを目指しています。
資源エネルギー庁「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?」図の参照:公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
この内容をもう少し掘り下げて詳しく見て行きましょう。
まず温室効果ガス削減への取り組みは、それぞれの排出に対して対策が異なります。
削減への取り組みの前に「排出量の内訳」について見てみましょう。
資源エネルギー庁「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?」図の参照:公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
図のように、温室効果ガス排出量全体の大半「約85.5%」が「エネルギー起源」になっています。
さらに「エネルギー起源」の内訳を見ると「電力が36.6%」「非電力が49.2%」になっています。
続いて、これらの排出の分類ごとに日本の「排出削減への取り組み」を解説していきます。
電気を使用する際には温室効果ガスを排出しませんが、火力発電で燃料を燃やして発電する際に、温室効果ガスを排出します。
まず現在の発電における電源構成を見て行きましょう。
出典:資源エネルギー庁「時系列表(令和4年4月15日公表)」を元に作成
温室効果ガスを発生させる火力発電が、実に「全体の76.3%」を占めています。
対して、日本の「2050年カーボンニュートラル」における電源構成の目標は下記の通りです。
出典:資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」を元に作成
再生可能エネルギーが全体の50~60%と非常に多くなっており、温室効果ガスを排出する火力発電は無くなっています。
2050年目標においては、再生可能エネルギーの細かな分類は記載されていません。
そのため、国がどのような再生可能エネルギーを増やして行く方針なのかは、パリ協定に基づいて提出している「2030年の目標」から見て行きましょう。
特定非営利活動法人 環境エネルギー政策研究所「国内の2023年度の自然エネルギー電力の割合と導入状況(速報)」を元に作成
このように、再生可能エネルギーの中でも主力は太陽光発電で、今後は風力発電も伸ばして行く方針であることが分かります。
原子力発電も、温室効果ガスが発生しない発電方法として、拡大していく見通しになっています。
こちらも2030年目標から見て行きましょう。
特定非営利活動法人 環境エネルギー政策研究所「国内の2023年度の自然エネルギー電力の割合と導入状況(速報)」を元に作成
福島原発などの問題から反対の声も根強い原子力発電ですが、カーボンニュートラルを目指す上では、電源比率を上げて行く目標になっています。
CCUSとは、発生したCO2を再利用する技術です。
つまりCCUS付火力発電は、発生したCO2を再利用できる火力発電になります。
温室効果ガスを「削減する」発電方法ではなく「吸収する」技術に分類されます。
このCCUS付火力発電も、カーボンニュートラルに向けて重要視されている技術のひとつです。
水素やアンモニアを燃料にした火力発電は、従来の化石燃料と異なり、CO2を排出しません。
このように「温室効果ガスが発生しない火力発電」を「ゼロ・エミッション火力発電」といいます。
2050年において多くの割合を占める再生可能エネルギーは、天候や時間などによって左右されるため、不安定な電源でもあります。
「ゼロ・エミッション火力発電」は温室効果ガスを出さないだけでなく、安定して発電できるため、再生可能エネルギーの不安定さを補う上でも重要な役割を担っています。
しかしながら、ゼロ・エミッション火力発電はコストが高く、アンモニアについては海外輸入に頼らざるを得ないため、普及が難しい面もあります。
続いて、電力以外のエネルギーによる温室効果ガスの削減策を見て行きましょう。
冒頭でご紹介したように、電源全体に対する比率は電力の「36.3%」に対して、非電力の構成比率は「49.2%」と、電力より大きな比率を占めています。
非電力のエネルギーとしては「石炭や石油、天然ガスの燃焼」によって生み出されるエネルギーが主になっています。
この「非電力」の内訳も見て行きましょう。
資源エネルギー庁「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?」図の参照:公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」を元に作成
まず、最も比率の高い「産業部門」について解説して行きます。
削減策の前に、まず現状の排出量を確認しておきましょう。
産業部門で使用されているエネルギーごとのCO2排出量は以下の通りです。
環境省「【第132-1-4】産業部門の業種別・エネルギー源別CO2排出量の内訳(ppt/pptx形式:70KB)」を元に作成
グラフのように、産業部門のCO2排出量を分類ごとに見てみると、非電力が「61.7%」と、電力より多いことが分かります。
石炭をはじめ、石炭製品や石油製品、天然ガスなどさまざまな燃料が使用されていることが分かります。
ボイラや給湯などに使用される「熱」も、その多くがガスなどの化石燃料の燃焼によるエネルギーです。
同様に、業種ごとのCO2排出量も確認してみましょう。
環境省「【第132-1-4】産業部門の業種別・エネルギー源別CO2排出量の内訳(ppt/pptx形式:70KB)」を元に作成
図のように、鉄鋼業の排出が非常に多く「約4割」におよび、化学工業や機械が続きます。
鉄鋼業においては特に、高炉を使用するため非常に大きなエネルギーを必要とします。
それでは次に、産業部門の温室効果ガス削減策について見て行きましょう。
産業部門全体で見てみると、削減策は大きく下記の3つに分類されます。
1.電化
現在使用している、燃料の燃焼によるエネルギー生成を「電気」に変えます。
そして前項で解説したような「温室効果ガスを発生させない電気」に置き換えれば、温室効果ガスの排出を抑えることに繋がります。
2.熱における水素の利用
「熱」は、エネルギーが大きいため、電化は困難です。
そのため、温室効果ガスを排出しない水素などへの燃料転換による排出量低減が有効です。
3.CCUS(CO2の再利用)
CCUSは、前述のように発生したCO2を回収して再利用する手法です。
特に非電力は、温室効果ガスの発生を完全にゼロにすることは困難です。
回収や再利用による削減が必要になります。
続いて、産業部門の主な業種ごとの削減策を見て行きましょう。
・鉄鋼業
前述のように、産業部門で最も排出量が多いのが「鉄鋼業」で、高炉の排出量が大きくなります。
高炉では石炭を燃料として使用するのが一般的ですが、水素への転換の技術開発が必要になってきます。
・化学工業
化学工業においては、エチレンやプロピレンなどの化学製品を製造する際にCO2が発生します。
化学工業は炭素を原料として活用できる産業でもあるため、CO2を吸収して再利用する「カーボンリサイクル」の技術開発がカギになってきます。
・土石製品業
土石製品業とは、セメントなどを製造する産業です。
セメントの製造過程においては、熱源と化学反応でCO2が排出されます。
そのため、CO2を回収する技術開発が必要になってきます。
同様に、運輸部門における削減策を解説して行きます。
まず、運輸部門の業種ごとの排出量の比率を見て行きましょう。
環境省「【第132-1-6】運輸部門の輸送機関別CO2排出量の内訳(ppt/pptx形式:55KB)」を元に作成
図のように、車両からの排出が「86.7%」と大半を占めていることが分かります。
それでは、運輸部門の温室効果ガス削減策を見て行きましょう。
前述した「電化」と同じく、EV(電気自動車)への切替によって削減できます。
電化と同様に、再生可能エネルギーのような温室効果ガスを排出しない電気を燃料とする必要があります。
運送における排出の大半を占めている「車両からの排出」への対応が可能になります。
車両以外にも「次世代航空機」「ゼロエミッション船舶」「省CO2車両を採用した鉄道」などへの準備が進められています。
同様に、家庭部門についても見て行きましょう。
出典「全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)」
家庭におけるCO2排出量の内訳を見ると、電気が最も多く、次いでガソリンや都市ガス、灯油といった比率になっています。
家庭部門においても、化石燃料で作り出されるエネルギーを再エネ由来などの電気に切り替える、電気自動車に切り替える、省エネを行うなど、これまでご紹介した削減方法を行うことができます。
政府も、断熱への補助金など、家庭の省エネに向けたさまざまなサポートを行っています。
では、日本のこのような取り組みは「2050年カーボンニュートラル」の達成に向けてどれほど進んでいるのでしょうか?進捗をグラフで見てみましょう。
(クリックで画像が拡大できます)
出典:環境省 脱炭素ポータル「脱炭素社会の実現に向けた国際的な動向(1/2)」
グラフを見て頂くとお分かりの通り、日本における「2050年カーボンニュートラル」への道のりは、順調に進んでいると言えます。
続いて、G7メンバー各国の削減状況も見て行きましょう。
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出典:環境省 脱炭素ポータル「脱炭素社会の実現に向けた国際的な動向(1/2)」
このように、日本以外のG7メンバーの進捗を見てみると、ドイツや英国は比較的減少に向けて推移していますが、ほとんどの国は順調に削減しているとは言えない状況です。
アメリカに関しても、トランプ大統領になる前から、そもそも 温室効果ガス削減に本腰を入れて取り組んではいないことも分かります。
G7の中で見てみると、日本が最も目標通りに カーボンニュートラル に向かって進んでいる状況です。
このように、日本は、国際社会の中でも「2050年カーボンニュートラル」に向けて率先して進めています。
しかしながら、前述のように「トランプ政権のパリ協定脱退」など、排出量の多い国々の取り組みが進まない中、このまま続けて行くことに意味はあるのでしょうか?
世界銀行のデータを元に作成(2019年のデータ)
図のように、日本の排出量は世界全体からみると2.5%に過ぎません。
それに対して、排出量が多く、カーボンニュートラルに消極的な、中国、アメリカ、インド、ロシア4カ国の排出量は、世界全体の「53.1%」にのぼります。
こうしてみると、日本が排出量を抑えたところで、世界でみると大きな効果はないように見えてしまいます。
しかしながら、排出上位国以外の排出量も「46.9%」と半数近い比率を占めています。
世界銀行のデータを元に作成(2019年のデータ)
排出上位4カ国の削減がうまく進んで行かないのであれば、他の国々はせめてカーボンニュートラルを進めておく必要があります。
現状ではアメリカや中国などはカーボンニュートラルに積極的に取り組んでいませんが、将来政権が変わる、気温上昇がより顕在化してくる、などといった理由で、方針転換する可能性もあります。
その際に、他の国々まで温室効果ガス削減が進んでいなければ、地球全体の軌道修正はとても困難なものになります。
日本は他の国々よりも、カーボンニュートラルへの取り組みを順調に進めています。
世界全体の中では「2.5%」ではありますが、カーボンニュートラルを進めて行く上で、今後そのノウハウを他の国々に提供するなど、重要な役割を担うことにもなります。
排出上位国がカーボンニュートラルに消極的だからこそ、日本がカーボンニュートラルを進めて行くことはより重要になってくるのです。
いかがでしたでしょうか?
カーボンニュートラルについて、基礎知識からその背景、
現状やこの先の見通しまで、ひと通りのことをご理解頂けたのではないかと思います。
トランプ政権のパリ協定脱退など、見通しの暗いニュースもありますが
引き続き「2050年カーボンニュートラル」への取り組みを続けていくことは重要です。
その中で、日本は重要な役割を担っています。
私たちひとりひとりの取り組みが、子どもたちの住む未来の地球に影響します。
本記事が、カーボンニュートラル への取り組みを知る良いきっかけになれば幸いです。