気候変動による猛暑・豪雨・干ばつ――
もはや「異常気象」ではなく、日常となりつつある現実に、世界は本格的な対策を迫られています。
そんな中、国際的なCO2削減の枠組みである「パリ協定」から、
CO2排出量世界一位のアメリカが離脱を表明したことは、大きな波紋を呼びました。
トランプ政権によるこの決断は、なぜ下されたのか?
そして、世界の温暖化対策はその後どうなっていくのか――
本記事では、トランプ政権の環境政策を振り返りながら、
といった視点から、地球温暖化と気候政策の「これから」を読み解いていきます。
読み終えるころには、温暖化問題が“誰かの問題”ではなく、
“今の経済や社会と深くつながっている”ことを、きっと実感していただけるはずです。
どうぞ、今後の地球と自分たちの未来を見つめるヒントとして、お読みください。
目次
まず、トランプ政権がなぜパリ協定を離脱したのか、その理由を見て行きましょう。
2017年、トランプ第一次政権時のトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げ、パリ協定からの離脱を発表しました。
その背景にあったのは「気候変動対策よりも国内産業と雇用を優先する」という明確な経済戦略です。
トランプ氏はパリ協定を「アメリカの経済を損なう不公平な取り決め」と位置づけ、
温暖化対策がもたらす環境規制によって、アメリカの企業や労働者が不利になると主張しました。
演説では「私はピッツバーグの市民のために選ばれた。パリではない」と述べ、
地方の製造業や化石燃料産業を支持基盤に持つ姿勢を明確に打ち出しました。
パリ協定は、各国が自主的に温室効果ガスの削減目標を定める枠組みです。
しかし、法的拘束力に乏しいことや、各国の経済状況によって目標の厳しさに差があることが特徴です。
トランプ政権はこれを「アメリカだけに重い義務を課す不公平な合意」と批判しました。
特に新興国である中国やインドが、排出量を当面増加させることを認められている点について、
「経済競争においてアメリカが不利になる」との懸念が繰り返し表明されました。
その結果、アメリカは気候変動対策への国際的責任よりも、
短期的な経済成長や雇用維持を優先する選択をしたのです。
トランプ政権が環境政策に後ろ向きだったもう一つの理由は、
化石燃料産業の復興を経済政策の柱に据えていたことです。
選挙戦では「石炭産業を復活させる」と公約し、就任後は実際に環境保護庁(EPA)の予算削減や、
クリーンパワープラン(前政権による排出規制)の撤廃を進めました。
また、シェールガスの大規模開発が進む中で、エネルギー輸出国としての立場を強化し、
再生可能エネルギーよりも、短期的に利益を生む石油・ガス産業に政策の軸足を置いたのです。
このように、トランプ政権のパリ協定離脱は単なる外交方針ではなく、
国内産業の保護と雇用創出を優先する明確な「経済政策」の一環だったといえます。
上記の背景を元に、2025年から発足したトランプ第2期政権では、環境対策を逆行させるさまざまな施策が行われています。
2025年、トランプ前大統領が政界に復帰した後、注目を集めているのがハワイにある「マウナロア観測所」への連邦政府による支援削減の方針です。
マウナロア観測所は、世界で最も長い歴史を持ち、二酸化炭素(CO2)濃度を継続的に観測している拠点として知られ、地球温暖化研究や国際的な気候政策を支えるデータを提供してきました。
ところが、観測を支える地元ヒロ市の研究所のリース契約は2025年8月末で終了予定で、観測体制の継続に不安が広がっています。
トランプ政権は、政府機関をスリム化し、財政負担を減らすことを目的として、NOAA(アメリカ海洋大気庁)などの科学機関への支援削減を進めています。
ヒロにある施設を閉鎖すれば、年間約15万ドル(約2000万円)の節約になるとされています。
トランプ大統領は「気候変動は過剰に強調されている」とする立場をとっており、科学的な気候データが政策の妨げになるとの認識があるため、それらを扱う機関や測定体系を弱体化させようとしています。
その結果、この動きは単なる財政調整にとどまらず、科学的根拠にもとづく気候政策の基盤を弱めるものとして、研究者や国際社会から強い警戒の声が上がっています。
トランプ政権は、太陽光や風力発電の新しい発電所を作る際に受けられる税金の優遇制度を厳しくしました。
これまでは税制優遇のための「建設開始を認められる条件」がゆるく、計画のごく一部のお金を支払えば優遇対象になりましたが、今後は実際に工事を進めないと優遇を受けられません。
そのため、大規模な発電プロジェクトでは資金集めや計画が難しくなり、再生可能エネルギーの普及にブレーキがかかる可能性があります。
業界からは「わざと投資を減らそうとしているのではないか」との批判が出ています。
アメリカの環境保護庁(EPA)は、2009年に「二酸化炭素(CO2)は人の健康や環境に悪影響を与える」という認定を出し、これを根拠に温室効果ガスを規制してきました。
しかし、トランプ政権はこの認定そのものを取り消そうとしています。
もし撤回されれば、EPAはCO2排出を規制する権限を大きく失うことになり、発電所や工場などからの排出削減を求める法的な裏付けがなくなる恐れがあります。
この動きは、気候変動対策の根本を揺るがすものとして、国内外の研究者や環境団体から強い反発を受けています。
アメリカの環境保護庁(EPA)には「環境正義」を専門に扱う部局があり、低所得者や少数派の地域が有害な工場や発電所の近くに集中してしまうような「環境格差」をなくすための取り組みを行ってきました。
しかし、トランプ政権はこの部局の閉鎖や大幅な予算削減を進めています。
これにより、社会的に弱い立場の人々を守る仕組みが後退し、地域によっては大気汚染や水質汚染のリスクが高まる懸念があります。
この動きは「環境政策を単なる経済合理性で後退させるものだ」として、環境団体や市民から強い批判が起きています。
トランプ第2期政権では、気象や海洋を専門に扱うアメリカ海洋大気庁(NOAA)が、前述のように大きな打撃を受けています。
2025年度の予算案では気候研究関連の予算が大幅に削減され、職員の解雇や契約打ち切りが相次ぎました。
さらに、一部の研究施設やデータベースが閉鎖・停止され、これまで整備されてきた気候や災害に関する情報の継続的な収集が難しくなっています。
NOAAは、ハリケーンや豪雨など自然災害の予測・警報を担い、国内外の研究者にとって不可欠な気候データを提供してきました。
その機能が弱まることで、災害への備えや国際的な気候対策への信頼性にも影響が出ると懸念されています。
専門家からは「科学的な基盤を崩すことは、国民の安全を危険にさらす行為だ」との批判が高まっています。
このように、トランプ政権による一連の施策は、単にアメリカの環境対策を後退させるだけでなく、気象情報を含む研究施設やデータベースを失うことで、環境対策を支える「科学的データ基盤」そのものを損なう恐れがあると懸念されています。
その結果、各方面から強い批判が高まっているのです。
しかしながら、トランプ政権がいくら環境政策を否定しても、地球温暖化の進行は止まりません。
気温の上昇や豪雨・干ばつといった異常気象は、すでに世界各地で頻発し、人々の生活や経済活動に深刻な影響を与えています。
さらに、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表してきた評価報告書では、
と科学的に示されています。
つまり、これは政治的な立場や一国の政権の判断によって左右される問題ではなく、地球規模で進む現実です。
だからこそ、各国や地域、そして民間の多様な取り組みが不可欠であり、国際社会はこの科学的な事実を前提に行動を強めているのです。
このようなトランプ政権率いる政府の環境対策後退とは対照的に、アメリカ国内の州政府や企業・大学などは、引き続き厳格な温暖化対策を独自に進めています。
その代表的な取り組みを行っている、ふたつの組織を見て行きましょう。
その代表的な活動組織のひとつが「We Are Still In(私たちはまだパリ協定にいる)」です。
「We Are Still In」は、2017年にトランプ第一次政権がパリ協定離脱を表明した際、州政府や企業・大学などが「私たちは依然として協定の目標を支持する」と立ち上げた連合です。
全米のGDPの半分を超える規模に広がり、国際社会に米国の民間・地方レベルでの気候行動を示しました。
第二次トランプ政権下では、アメリカ政府の環境政策が再び後退する中でも、この枠組みはさらに「America Is All In」へ大きく発展し、各地で温室効果ガス削減や再エネ導入を進める重要な支えとなっています。
「U.S. Climate Alliance(米国気候同盟)」は、2017年にトランプ政権がパリ協定離脱を表明した直後、ワシントン州・ニューヨーク州・カリフォルニア州の知事が中心となって結成された州政府間の連合です。
加盟州は州レベルでパリ協定の目標を達成することを掲げ、再生可能エネルギーの導入や温室効果ガス削減政策を推進しました。
現在では30以上の州が参加し、全米の経済の半分以上を占める規模に拡大。
第二次トランプ政権下でも連邦政府に代わって国際社会に「米国の気候行動は続いている」と強く発信しています。
「We Are Still In」と「U.S. Climate Alliance」は、それぞれ立場こそ異なるものの、共通してパリ協定の目標を支持し、連邦政府の後退を補う役割を果たしました。
民間や市民社会の力と州政府の政策実行力が重なり合うことで、アメリカ全体として国際社会に対し「気候行動を続ける」という強い意思を示したのです。
第二次トランプ政権下でもこの構図は維持され、アメリカの環境対策を下支えする重要な柱となっています。
では国際社会はどうでしょうか?
アメリカが環境政策で後ろ向きな姿勢を見せると、国際社会には「地球規模の努力にブレーキがかかるのではないか」という懸念が広がりました。
そこでEUや日本、カナダ、中国などが改めて気候対策のリーダーシップを取る姿勢を強調し、世界全体での行動を後押ししています。
近年の国連気候変動会議(COP)では、化石燃料からの脱却や資金支援の拡大が合意されるなど、アメリカ以外の国々の意識の高まりが鮮明になっています。
特にヨーロッパは「環境政策を経済成長の柱にする」という姿勢を打ち出し、実際に再エネや脱炭素投資を加速させています。
アメリカがパリ協定を脱退したことで、逆に主要国の意識が高まるという現象も起こっています。
アメリカ政府が環境政策に後ろ向きであっても、国際社会やアメリカ国内の州・民間が取組みを維持しています。
こうした「多層的な取り組み」が、国際的な温暖化対策を支える土台となっています。
アメリカが環境政策を後ろ向きにしたことは、日本にもさまざまな影響を及ぼしました。
ここでは分かりやすく整理してみましょう。
アメリカがパリ協定から離れたことで、国際的な協力体制が弱まるのではと心配されました。
そのため日本は「私たちは協定を守る」という姿勢をはっきり示す必要がありました。
また、EUやアジア諸国と連携を強める必要に迫られ、これまでと日本の交渉スタンスに変化が生じました。
アメリカが規制を緩めると、環境対策にコストをかけている日本企業が不利になる場面も出てきます。
一方で、ヨーロッパでは「炭素国境調整措置(炭素関税:環境に優しい製品でなければ関税をかける)」という仕組みが進んでおり、日本企業も脱炭素に対応しないと輸出で不利になる可能性が高まっています。
貿易においては、アメリカとヨーロッパでそれぞれ大きく異なる対応を強いられることになりました。
アメリカでは自動車やエネルギー分野で規制が緩められましたが、日本企業は世界基準に合わせて電気自動車や水素エネルギー、再生可能エネルギーへの投資を進めざるを得なくなりました。
その結果、日本の環境技術や省エネ製品が国際的に注目されるチャンスにもなっています。
アメリカの後退は「日本も環境に消極的なのでは」と見られるリスクを生みました。
そのため政府や企業は、国際社会にしっかり説明する責任が強まっています。
また、国内では豪雨や猛暑といった災害が深刻化し、人々の間でも「もっと環境対策を」という声が高まっています。
トランプ政権の政策後退は、確かに国際社会に大きな波紋を広げました。
しかし同時に、各国や自治体、企業や市民社会が改めて気候変動への意識を強めるきっかけともなりました。
日本を含めた多くの国々は、環境を守ることを経済成長や社会の安全と結びつけ、前向きに行動を進めています。
地球温暖化は一国の政治判断で止まるものではなく、科学が示す現実として私たちの暮らしに影響を及ぼしています。
だからこそ、「誰かがやること」ではなく、国や企業、そして一人ひとりが役割を担い、次の世代へ持続可能な未来をつなげていくことが求められているのです。